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2019-08-22(Thu)

【ココノアの翼】第三章(3)余所者



【ココノアの翼】

第三章  変わる風向き
   3 余所者




 牧場の朝は早い。
 ココノアは朝早くからウーヴァを起こして家の仕事を手伝わせ、彼女自身も慣れた様子で仕事をこなしていた。
 そして、子供の頃から手伝ってきたことなのでさぼるタイミングも場所も手慣れたもので、今の彼女は仔山羊に鼻先をぐいぐいと押し付けられながら干し草の上に寝転がっていた。
『ツィーネ。どう? お腹いっぱいになったかな』
 干し草の匂いにすっぽりと覆われながら、ココノアが目を閉じる。もうすぐ昼食の時間なので眠ってしまうつもりはないが、体の力を抜いて干し草のベッドに体を沈ませた。
『このあたりのクアルツは質がいいからね、すごく満足したよ』
 クアルツで出来ている精霊は普段の食事――エネルギーの補給――もクアルツだ。土の属性を持つツィーネはこうやって土が肥えた場所に漂うクアルツを好み、彼女が帰省するたびに彼はたんまりとクアルツを取り込んでご機嫌になる。
『あ、そうだ。頼んでおいたことは忘れてないかな』
「終わらせておくよ、俺のココの頼みだからね」
 心ではなく耳に声が届き、ココノアは目を開けた。自分の隣に座ったツィーネがきらきらした瞳でココノアを覗き込んでいる。仔山羊が突然現れたツィーネに驚いた鳴き声をあげてそのまま駆け足で離れていった。
「ありがとう、ツィーネ。助かるよ」
「ココのためになるのなら幾らでも」
 ふわりと穏やかな笑みで言われ、ココノアも同じように目を細めて口角を上げた。
 と、静かな風に二人の髪が揺らされた時。
「ココ! またそのへんでさぼってるんでしょ! ちゃんとお祈りはしたの、ココ!」
 アーリアの怒った声が聞こえ、ココノアは驚いて体を起こした。ツィーネは額と額がぶつかる前に光をまとって霧散している。
「今からする!」
 母親がやってくる音を聞きながら、ココノアは慌てて指を組んで空へ閉じた目を向けた。
 普段より長い祈り――とはいえようやく標準程度の長さになっただけで、中身は空っぽのまま――を行ったココノアは立ち上がった。髪や背中にたっぷりとついた干し草を払い落として、ぐいと背中を伸ばす。
「ああ、いた、いた。あんたがちゃんとしないでどうするの。ウーヴァ君はせっせとお手伝いしてくれてるのよ」
 ココノアは「はい」と返事だけは利口にしてからアーリアの隣に並んだ。これから昼食だ、戻る場所は同じと二人が揃って歩き出す。
「そういえば、あの精霊くんとまだ一緒にいるのね」
「ツィーネならたぶん、その辺に。呼べば出てくると思うけど、呼ぼうか」
 アーリアはふるふると頭を振った後、隣にある手入れのされていない茶色の髪を撫でた。
「あんたが仲良くする相手は精霊だったり、山の民だったり。忙しいわねえ。普通のお友達はちゃんといるの?」
 ココノアは首の後を軽くかきながら、困ったように笑って頭を横に傾いだ。
「これが僕の普通だよ。母さんのいう普通の友達もいる。ほら、手紙に書くセジャとか」
 そしてくるりと身を翻し、アーリアの前に躍り出た。背中で指を組み、後ろ歩きで続ける。
「それに、ウーヴァは生まれ育ちも、アイエリエス教のことだって曖昧だ。そう言ってやらないでほしいな。よく手伝ってくれるし、素直だ。――あと、ウェルウェルにそっくりだと思わない?」
 からからと笑ったココノアが反対側に首をかしげると、アーリアは困り眉を解いて小さく吹き出した。
「確かに。なんだか可愛いのはウェルに似てるからかもしれないねえ」


 ウーヴァは午前中のうちにテティンと仲が良くなったらしく、ココノアが冷えたミルクをごくごくと飲んでいる視線の先でふざけてじゃれ合っている。
「隣、いいかな」
 ぷは、と息継ぎをしたココノアが「どうぞ」と言いながら視線を向けると、長兄であるユイジュが立っていた。顔も性格も父親によく似た彼は穏やかに微笑んでココノアの隣にある木箱に腰掛ける。
「向こうには彼みたい人がたくさん?」
「記憶をなくす人は少ないんじゃないかなあ。僕も初めて見た」
 残りのミルクを飲みきったココノアがちょうど通りがかった風に目を閉じた。真夏の名残りがある風は心地よい。
「そうじゃなくて」
「――リアルガーの人ってこと?」
 またその話か、とココノアは赤目を薄く開いた。
 宿スミレがある辺りは海の道が近いこともあって、リアルガー出身者にも出会う。宿スミレにいる双子ヘグとメグも、褐色の肌を持つリアルガーの民だ。
 そうやって普段から目にする環境であったとしても、好戦的で何度も問題を起こす国の民として周囲の目は温かいものばかりではないのは向こうでも同じだ。それがこんな田舎になれば、視線が更に冷たくなるのも当然だった。
 ココノアは久々に感じる異質なものへの閉鎖的な感覚に、ここを出ていった意味を思い出す。
「たくさんってわけじゃないけどね。お世話になってる宿にもいるからよく会うよ」
「……気をつけなよ、ココ」
 心地よかったはずの真夏の残り香が途端にぬるく鬱陶しく感じられ、ココノアは大きく息を吐いた。ミルクで冷えた内蔵から出た吐息は冷たい。
「ウーヴァが何かした? 何か嫌なことをしたなら僕からも言っておくよ」
「いや、そういうわけじゃない。ただ、――危ない人も多いってこと。彼だって本当に記憶をなくしてるかなんて定かじゃない」
 木箱から立ち上がったココノアはもうすっかり温度を取り戻したコップをユイジュに押し付けた。そして、一瞬だけ冷ややかに彼を見下ろし、ふわりと微笑む。
「あれが演技なら拍手喝采だ。なんたって僕を騙してるんだからね。――話はそれだけ?」
 もう何も言わせない、とココノアが笑みを強めると、ユイジュは小さく息をついてから困ったように微笑んだ。
「彼はいい子だと思うよ。素直だし、小さな子供みたいに純粋だ。……ただ、気をつけていてほしいだけだ。もしも、なんてその辺に幾らでも転がってる」
 ユイジュが本当にウーヴァを嫌っているわけではないのは彼の雰囲気で分かっている。それでも彼が悪い話をした意味も分かっていながら、ココノアは分かっていないふりをしてぷいっと背中を向けた。
 その背中を見上げ、ユイジュは相変わらずの妹に向けて口を開く。
「……ココ。今度の夏、結婚するんだ。その時にはちゃんと帰っておいで。もしもがないなら、ウーヴァ君も連れて」
 突然の吉報にココノアが目を大きく開いて振り返った。母親によく似て量の多い髪がばさりと揺れる。
「ユユ兄が?」
「そう、僕が。ルユカを覚えてる? テテと同い年の」
「毛刈りが上手いルカちゃんだ、覚えてる。――へえ、そうなんだ。おめでとう」
 明るい声で祝ったココノアだったが、その時期を胸中で繰り返してごくりと唾を飲む。
「ユユ兄は結婚しないんじゃないかってテテ兄と言ってたになあ。……でも、どうして今度の夏?」
 結婚すると言っても、この辺りではそこまで派手で盛大に祝う習慣はない。親戚や友人が集まって酒を飲み交わし、夜通し歌って踊ってと騒ぐだけのことだ。季節が一巡するほど時間を置いて準備をするものでもない。
「ああ、ルユカが家を出てるんだ。それで、次の夏にはこっちに戻ってこられるから。……彼女、今何をしてるか知ってる?」
「うーん、その言い方だと毛刈りじゃないんだろうなあ」
 からからと笑ったココノアが首を傾げると髪の毛が肩をなぞる。
「学校の先生。今は別の町で先生をしてるんだけど、夏にはこっちの先生になる予定なんだ。それでその時に」
 幾つか年上の近所のお姉さんを思い出したココノアは前髪を触りながら「僕もルカちゃんが先生だったら勉強したのに」とあからさまな嘘をつく。ユイジュにもその嘘はお見通しで、目を合わせた二人は兄妹そっくりの笑顔でけらけらと笑った。
 そして、ひとしきり笑った後、ココノアは夏の暑さを思い出すように目を伏せた。


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ウーヴァはウェルウェルに似てるらしいですよ(ウェルウェルとは)


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プロフィール

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Author:Nicola
Nicolaです。ニコラ。

長編小説がメインです。
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ファンタジー/宿暮らし/精霊

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※インアスター後日譚

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本編10話/完結編52話

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ティッカータック
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